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広島高等裁判所岡山支部 昭和48年(う)49号 判決 1977年10月13日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役二月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間、右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用(但し、証人橋本直人に昭和四五年三月一二日、同年六月一六日各支給した分を除く。)及び当審における訴訟費用(但し、証人景山清に昭和四九年四月一六日、同河合義昭に昭和五〇年三月四日各支給した分を除く。)は、いずれも被告人両名の連帯負担とする。

理由

一、本件控訴の趣意は、検察官鈴木芳一名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨は甚だ多岐にわたるが、要するに原判決が、被告人らの岡山県民生労働部職業安定課長清水伝雄に対し交渉を要求した行為を団体交渉の申し入れに当るとし、清水課長が右申し入れを拒否したことは、正当な理由を欠き、不当労働行為に該当するので、同課長が被告人らとの交渉に応ずべき義務を負わないことを前提として、庁舎管理責任者から発せられた退去命令にも正当な理由がなく、これに従わなかつた被告人らの行為を不退去罪に問うことはできない旨判示したことを非難し、被告人らが要求した交渉は団体交渉に該当せず、単なる陳情の申し入れに過ぎないから、清水職業安定課長が交渉人員の制限を求め、その条件が容れられない限り、話合いに応じられないと主張して譲らなかつたことは、何ら違法とはいえず、被告人らがあくまで代表二五名との交渉に応じよと主張してやまず、庁舎管理責任者の退去要求に従わなかつたことは、明らかに刑法上の不退去罪に該当する行為であり、また仮に被告人らの要求を団体交渉の申し入れと解する余地があるとしても、被告人らの行動は、原判決自体認めているところによつても正常な労働組合活動の範囲をいちじるしく逸脱しているのみならず、その実態は原判決の認定する程度をはるかに超える不法性を帯びていたもので、集団の威力を背景として相手方である清水課長らの自由を束縛し、暴力的な威圧を加えて自己の要求を押しとおそうとしたものであるから、清水課長がこのような状況のもとで交渉に応じることを拒否したのは正当であり、本件退去命令もまた正当で、被告人らがこれに従わなかつたことが不退去罪を構成することに変わりはなく、結局原判決は憲法二八条、労働組合法一条一項、二項、七条二号、刑法一三〇条後段の各解釈適用を誤つたばかりでなく、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認をも冒した結果、被告人両名を無罪とするに至つたのであるから、破棄を免れない、というのである。

二、そこでまず被告人らが要求した交渉(以下本件交渉という)が、団体交渉として認められるべきものであつたか否かについて判断するに、原判決は、緊急失業対策法(以下失対法と略称する)一六条の三、同法施行令二条による県下各事業主体に対する指導調整権者としての岡山県知事は、全日本自由労働組合(以下全日自労又は自労と略称する)岡山県支部(以下県支部と略称する)の構成員である失業対策事業就労者(以下失対就労者と略称する)との雇用契約上の当事者ではないが、県下各事業主体が実施する失業対策事業の運営に関し、必要な指導又は調整を行う権限を有し、右権限を行うことにより失対就労者の具体的労働条件等を左右し得る地位にあるので、右権限の範囲内の事項については、全日自労県支部に対し、団体交渉に応ずべき義務がある旨判示しているのであるが、そもそも労働者の団体交渉権とは、労働者が雇用契約上の相手方である使用者に対して行使し得るものであつて、失対就労者と行政機関である公共職業安定所のような本来雇用関係が成立し得ない立場にあるものとの間では、団体交渉権を認め得る余地がないことは、論旨指摘のとおり最高裁判所の一連の判例により、一応確定されたものと見るべきである。従つて原判決が事業主体に対する行政上の指導調整権者としての知事に対し、全日自労県支部が団体交渉を要求し得る旨判示している点は、そのままには是認しがたく、原判決はこの点において所論のような法令解釈の誤りを冒したものといわざるを得ない。

本件の場合、全日自労県支部は、原判示のとおり岡山県知事が失業対策事業の運営の改善を目的とする労働省の通達に即して、前記の行政上の指導調整権にもとづき、県下各事業主体に実施させることとした第二次正常化措置の白紙撤回ないしその内容の緩和を求める目的で、各事業主体の就労者ごとに組織された県下一九分会の代表者各一名に県支部執行委員を合わせた合計二五名をもつて、団体交渉を行うことを要求したのであるから、少なくとも形式的には行政主体としての県知事を相手方としての団体交渉を要求したものというべく、これを団体交渉権の行使として是認し得るとした原判決の判断は、そのままには維持することができない。

三、検察官はまた、右の第二次正常化措置の内容である短時間就労の是正及び厚生要員制度の廃止は、違法な慣行を改めようとするものであつて、これに反対して違法な慣行を維持しようとすることは、団体交渉の目的たり得ない。特に厚生要員制度は労働条件とはいえないから、この点からしても団体交渉の対象となる事項ではない、またこれらの違法な慣行を是正すべきことは、県知事の裁量によつて左右し得ない事項であるから、県知事に対しその撤回ないし緩和を要求することは、団体交渉の目的の範囲外である、と主張するので、その当否について考えてみるに、記録中の関係各証拠及び当審における事実取調の結果によれば、原判決がその理由中で、失業対策事業の発足以来、その運営面において、上積み賃金、短時間労働の容認、本来の労務に服しない厚生要員に対する賃金の支払等の慣行が生じるに至つた経過と岡山県下におけるその実情、昭和三八年の失対法の一部改正及び岡山県等の各事業主体における運営管理規程の制定を経て、労働省が前記のような慣行の解消を図る方針を定め、これに則つて岡山県知事が第一次正常化措置を実施した経過等について判示している一連の事情は、右正常化措置の実施に当り、短時間就労の是正、厚生要員の削減等に関して岡山県当局と全日自労県支部との間であらかじめ交渉が行われ、双方が折れ合つた結果、県側の最初の意図が緩和された形で実現された旨判示している点を除く外は、おおむね原判示のとおり認めることができる。しかしながら原判示中の右に指摘した部分については、これを認めるに足りる証拠がなく、むしろ原審第二三回公判調書中の被告人〓子の供述記載中、県側の最初の主張は二〇〇人に一人の割合で厚生要員を認めるということであつたが、それでは厚生用務がやれないので、県内の各事業主体ごとにまず交渉が始まり、その中でそれぞれの事業主体との間で一定の約束ごとができて、結果としては一二三名に対して一名という割合になつたので、県支部としても不満ではあつたが、分会でそれでいこうということになつたので、やむなく承認した旨の部分(一、六〇九丁表ないし一、六一〇丁表)、原審第一四回公判調書中の証人白神規志の供述記載中、昭和四二年当時倉敷地区においては、県と倉敷市との話合いの結果、従来二〇人いた厚生要員を一五人に減らすことがあらかじめ決定され、その後倉敷市と全日自労側との協議で右方針につき了解を求めた旨の部分(一、〇八五丁表ないし一、〇八七丁裏)、当審第三回公判調書中の証人吉村雅美の供述記載中、厚生要員の枠をきめるについては、県と市町村の各事業主体が話し合つて、事業主体としてはこの程度までは欲しいという要望を労働省に伝えて、その内諾を得たうえで決定したもので、県当局と全日自労との直接の話合いはなかつた旨の部分、当審第五回公判調書中の証人枝松恭造の供述記載中、昭和四二年の厚生要員の削除に際し、岡山県はあらかじめ労働省と話し合つたうえで、労働省側の基準よりやや緩和された基準として、就労者二〇〇人につき厚生要員一人を認めるという方針を打出して市町村の各事業主体を指導したが、岡山市、倉敷市等では従来かなり多数の要員を認めていたため、右の基準を更に緩和してもらいたいとの要望が出て、県においても労働省の承認を求めたうえで、二〇〇人に一人の割合で算出した数の小数点以下の端数を切りあげるという程度の譲歩をして、最終的な案を決定したもので、全日自労側からは同年三月二七日の春闘第三回交渉の席上で、厚生要員の削減に強く反対する旨の発言がなされたことはあつたが、具体的な人員の枠や割り振りの問題について、県と全日自労が直接交渉したことはなかつた旨の部分を総合すれば、第一次正常化措置における厚生要員の人数制限の問題については、県と全日自労県支部とが直接具体的に交渉したことはなく、全日自労側の要求は各事業主体の意見を通じて県の方針に影響をもたらしたにとどまると認められる。また短時間就労の是正の点についても、県がこの問題で全日自労側と直接話し合つたことを認めるべき証拠はないのであるから、原判決の前記判示は事実を誤認したものと言わなければならない。

次に、原判示のような実情にあつた八時間を大幅に下まわる労務や、本来の労務につかない厚生要員の活動に対し、一日分の労務に服した者に支払われるべき賃金が支払われていた慣行が、正当な労働慣行として維持されるべきものか否かについて考えてみるに、各事業主体が制定した運営管理規程が、いずれも八時間労働を原則とし、労働時間が八時間に満たない者に対しては、労働大臣が定める賃金の額から、八時間に対する不足時間の割合に対応する金額を差引いて支給すると定めていること、その例外として、賃金カツトなしに労働時間を他の目的に利用し得る特別の場合を定め、その中には事業主体が認めた団体交渉に就労者の代表として参加する場合も含まれているが、それ以外の組合活動については労働時間の利用を認めていないこと等に照らすと、これらの慣行を是認する趣旨ではないことが明らかであり、また失業対策事業ができるだけ多数の失業者に就労の機会を与え、生活の安定を図らせる目的で、公費によつてまかなわれているもので、特に運営の公正と能率化を期する必要があり、そのために労働大臣に広汎な指導調整権が与えられていることからすれば、労働大臣がこれらの慣行を失業対策事業の本旨にそわないものとして、その是正を求めることは、その時期、範囲、方法等について政策的に当否を論じる余地はあるとしても、適法な措置であると言わざるを得ず、これを目して労働者の既得権を不当に侵害するものということはできない。

しかし一方原判決が指摘しているような多くの失対就労者が負わされている困難な生活条件や、そもそも失業対策事業の根本的な目的が、失業者の生存権を保障し、人たるに価する生活を維持するための最低限の条件を確保するにあると解すべきことに鑑みれば、右のような慣行はある程度の必然性をもつて生じたものと言えないこともなく、また必ずしも絶対的に排除すべきものとも断じがたいのであつて、特に厚生要員の用務については、日雇労働者健康保険法、失業保険法による被保険者手帳の更新及び被保険者資格の確認申請手続、失対就労者共済制度による各種給付の申請手続のような、失業対策事業に直接関連する集団的事務と、失対就労者本人及びその家族の個人的な傷病、災害、死亡等に対する援護活動や生活保護の申請手続のような、失業対策事業とは直接関連がない個別的事務とに大別されるのであるが、前者についてはこれを失業対策事業の円滑な運営に必要な事務として、本来の労務に準じ賃金支給の対象とすることも、あながち不合理ではなく、後者についても生活困窮者に対する救助援護活動を行うことは地方公共団体が本来行うべき事務に属することに鑑みれば、厚生要員の活動内容を事業主体たる地方公共団体が具体的に把握し、右のような目的を効果的に達成するものであると認め得る限り、その活動のために労働時間の利用を容認することも、法規の運用上許される余地がないとは言い切れない。岡山県失業対策事業運営管理規則(他の事業主体の運営管理規程の内容もほぼ同じ)は、その二一条において、労働時間の利用が作業管理員の許可を得て容認される場合を列挙し、その四号に「生活保護法による手続のため福祉事務所に本人が出頭する必要があるとき」、その九号に「同居の家族の急病、出産、災害、死亡その他これに準ずる理由により緊急の用務があるとき」を掲げているが、右のような規定は必ずしも制限的に解すべきではなく、ある程度弾力的な運用をすることが、むしろ失対就労者の生活の実態に則する場合があろうと考えられる。もつとも本件発生当時においては、厚生要員の活動の実態は各事業主体にとつて全く不明であつて、しかもその大部分は純然たる組合事務にあてられていたことが推測されるのであるから、そのような活動に対して賃金を支払うことは、失業対策事業の運営として適正なものとは認めがたく、検察官が主張するような不当労働行為のそしりをも招く可能性があり、また短時間就労容認の慣行は明らかに運営管理規程と相容れないものであるから、いずれも不当な慣行として是正の対象にあげられたことは、やむを得ないと考えられるけれども、その是正の範囲、方法等について、全日自労側が各事業主体に対し、自己の立場を主張して団体交渉を要求する権利まで否定されるべきではない。なお厚生要員制度は個別的労働関係における労働条件とはいえないけれども、使用者対組合の関係における組合の権利の問題と解し得るから、使用者との団体交渉においてこの問題をとりあげることができるのは当然である。

また使用者がその権限内で解決し得ない問題は、厳密な意味では団体交渉の対象となる事項ではないが、一般に組合の要求が、使用者に対し全く不可能なことを求めているように見える場合でも、その真意は自己の主張に対する使用者の理解と支持を求め、可能な範囲での協力を得ることを目的としていることが多いのであるから、たとえ全日自労側が第二次正常化措置の撤回という事業主体にとつて不可能と思われる要求を表面に掲げている場合でも、それだけの理由で団体交渉を全面的に拒否し得るものと解すべきではない。

ところで岡山県知事は失対法による指導調整権者であると同時に、それ自体失業対策事業の事業主体である岡山県の代表者であるから、本件交渉が事業主体たる岡山県の代表者との団体交渉を要求したものと解し得る余地があるとすれば、知事は一応これに応じる義務があるということができるが、全日自労側が指導調整権者たる知事との交渉を求める以外に、岡山県とこれに雇用される失対就労者との間の問題に限つての交渉をも求めていたことは、少なくとも表面上あらわれていないから、本件交渉を要求した被告人らの行為を、団体交渉の申し入れに当るということは、結局相当でなく、これを陳情の申し入れに過ぎないという検査官の主張は一応理由がある。

四、しかしながら本件交渉が団体交渉と認められるか、陳情としての扱いを受けるべきかという問題は、本件における被告人両名の刑事責任の有無を決するには、必ずしも決定的な事柄ではない。仮に被告人らの行為が団体交渉権の行使と認められるとしても、社会通念上権利の行使として容認されるべき範囲を逸脱すれば、刑事責任を免れない場合が生じることは当然であるし、一方単なる陳情行為であつても、これを受ける当局側が事柄の重要性、要求の合理性ないし正当性の程度に応じた処理をすることなく、陳情者に対してほしいままに退去を命じ得るものではない。そもそも公共の奉仕者である県知事以下の公務員が、その職務に関する事項につき、行政の適否により重大な影響をこうむる住民等の陳情に対しては、できる限り誠意をもつて応じなければならないことは当然であるうえに、特に本件の場合、原判決が指摘するように事業主体に対する指導調整権者としての知事が、右権限を通じて失対就労者の労働条件の重要な部分を左右し得る立場にあること、換言すれば失対就労者が直接の使用者である事業主体との団体交渉によつて労働条件の改善を図り得る余地は、県知事(更に遡つては労働大臣)の指導調整権の存在によつていちじるしく制約されていることからすれば、失対就労者の組合が従前各事業主体との間で一応容認されていた利益(それが適法に容認され得るものか否かは別として)が、県知事の施策によつて否認されようとしている際に、県知事に対しその合理的な根拠の説明を求め、自らの立場を訴えるために、秩序ある集団行動によつて労働者としての団結を示しつつ、合理的な範囲をこえない程度の人数の代表者をもつて交渉に当らせることは、むしろ条理上の権利として容認されるべきで、県知事としてはこれに対し単に陳情を受付けるという程度の消極的態度でのぞむことは許されず、相手方の納得を得られるかどうかは別として、できる限り実質的な話合いに応じる義務があり、右義務をつくさないまま、一方的に組合側との話合いを拒み、退去を要求することはできないと解すべきである。

五、そこで更に進んで本件の場合県庁舎管理責任者が被告人らに対して県庁舎からの退去を要求したことが、右のような観点からしても、なお正当な理由にもとづくものであつたか否かについて判断することとし、記録を精査し、当審における事実調の結果をも参酌して検討すれば、原判決が認定するように、清水職業安定課長が被告人らの要求する交渉(原判決の判断によれば団体交渉)を不当に拒否したということはできず、むしろ同課長は交渉の日時、場所、方法等について事前協議することをまず求めていたのであつて、その要求には相当な理由があるのに、被告人らはあくまで自己の要求する形での交渉を受入れることをその場で約束せよと主張して譲らず、同課長の身体の自由を束縛しただけでなく、庁舎内の秩序をいちじるしく乱す行動を長時間にわたつて続けたので、庁舎管理責任者が被告人らの退去を要求するに至つたのは、やむを得ない事由によるものというべく、これに応じなかつた被告人らの行為は不退去罪を構成することが明らかであるから、これと結論を異にする原判決は団体交渉権の有無に関する法令の解釈を誤つているばかりでなく、判決に明らかに影響を及ぼす事実の誤認をも冒したものと言わざるを得ず、破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

六、記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせ考察すると次のような事実が認められる。

岡山県知事は第一次正常化措置に続いて、昭和四三年度において、同年八月一日付通達(職安第三四二号)を発し、同年九月一日を期して、失対就労者の労働時間を少なくとも実働六時間一〇分を下らないよう是正することとし、厚生要員については、原判示のような事業主体職員による一部厚生用務の肩がわりを行うという条件で、これを完全に廃止することとし、同年八月一七日、全日自労県支部副委員長及び書記長を県庁に招き、民生労働部長よりその旨の通告をして、協力を要請した。自労側はこれに対し、団体交渉によつて解決すべき問題であるとの態度をとり、原判示のごとく同月二一日、被告人両名を含む約五〇人の組合員が県庁を訪れ、代表者二五名が職業安定課長清水伝雄と約二時間にわたつて面会したが、清水課長は正常化措置の問題は団体交渉事項ではないとの主張を固持し、通達内容の説明会という名目で面会に応じたもので、もつぱら通達の趣旨を説明し、協力を求めるという態度に終始し、右措置の白紙撤回を求める自労側の主張と対立し、話合いは物別れに終つた。その際自労側は翌日話合いを続けることを要求し、県側も一応了承したが、翌二二日被告人らが再び県庁におもむいた際、多数の組合員が庁舎内の廊下等に坐りこんだことから、清水課長は話合いの前提条件として坐りこみの解除を求め、さらに代表者の人数を一〇人に限るよう主張し、自労側がこれに応じなかつたため、結局実質的話合いを行うことができずに終つた。

従来県は第一次正常化措置が行われた昭和四二年以降も、自労側が一五名ないし二五名位の代表者を出して交渉にのぞむことを拒否せず、七、八回にわたつてそのような交渉に応じていたが、前記の知事通達が出た昭和四三年八月一日、県民生労働部長も県下各事業主体宛に「日雇労働者団体と失業対策事業主体との団体交渉のあり方について」と題する通達を発し、正常かつ能率的な交渉を行うため、あらかじめ議題、時間、人数、場所その他必要な事項をとりきめるため予備交渉を行う必要があると指摘すると共に、本交渉は双方とも一〇人以内の人数で行うことが望ましいとの見解を示したので、清水課長の主張も右通達の趣旨にそつたものであつたが、自労側は県下の失対事業全般にわたる正常化の問題については、各事業主体ごとに特別な事情があるので、県支部執行委員だけでなく、これに各事業主体の就労者ごとに組織された県下一九分会の代表者各一名を加えた合計二五名が交渉に参加することが、ぜひとも必要であると主張して譲らなかつたものであつた。

同月二三日、全日自労県支部は支部執行委員会を開き、第二次正常化措置の白紙撤回を求めて、強力な闘争を行うこととし、同月下旬に全日自労全国大会が開催される予定であつたことを考慮し、同年九月二日から九日間県支部傘下組合員を多数動員して団体交渉を要求し、これによつて問題の解決を図るとの方針を定めた。

被告人〓子は同年八月三一日午後二時頃、職業安定課に電話し、これを受けた同課失業対策係清水益夫に、来月二月に県庁に行くから団体交渉をしてもらいたい旨申し入れたが、その日は土曜日であつたため、清水が上司に右申し入れのあつたことを報告したのは、翌週九月二日の朝であつた。

同日午前一一時頃、被告人らをはじめとする組合員約二〇〇名が県庁前広場に集り、全員が五階の職業安定課前附近の廊下に詰めかけ、そのうち被告人両名を含む七〇人前後の者が同課室内に入り、全日自労県支部執行委員全員と県下一九分会の代表者各一名の合計二五名を交渉要員として、ただちに団体交渉に入りたいと要求した。当時清水課長は永年勤続職員の表彰式に出席するため不在であつたので、吉村雅美課長補佐が応対し、電話で清水課長に連絡した結果、午後から代表者一〇名と一時間半程度の面会に応じるという同課長の意向を伝えたが、これに対し自労側は強く反発し、代表者二五名による交渉を要求して譲らず、吉村課長補佐らを取り囲んで口々に抗議し、廊下に坐りこんでいる組合員らに向つてマイクで演説したり、手拍子をとつてワツシヨイワツシヨイと連呼するなど、騒然たる行動に出、同課職員は全く事務がとれず、室内では昼食もとれない状況になつた。

午後一時半頃清水課長が帰り、このような騒ぎの中では話合いができないと主張して、まず二、三人の代表者とだけ話合つて交渉の時期、場所、参加人員等について協議しようと提案したが、自労側はこれを受付けず、その要求どおりの形式で団体交渉を開くことを約束するまでは退去しないと主張し、依然ワツシヨイワツシヨイと連呼し、室内の机やロツカーを蹴つたり、窓のブラインドをがたがたと鳴らしたりして、騒ぎがおさまらなかつたため、二時二五分頃庁舎管理責任者から退去要求が発せられ、三時半ごろ警察官による実力排除が行われたが、その際被告人〓子らは翌日も団体交渉を求めにくると告げた。

翌三日午前中、清水課長は吉村課長補佐外三名の職員と共に五階会議室で勝田町の町長及び被告人宮元を含む全日自労の同町分会代表らと面会し、同町在住の失対労務者が変死した事件について職業安定所の無情な取扱いが原因となつて自殺した疑いがあるとの趣旨の陳情を受け、実情を調査することを約束して午後零時四〇分頃会談が終つたので、陳情者らが出て行くのに続いて外に出ようとして、廊下に通じる内開きのドアに近づいたところ、廊下で待ち受けていた被告人〓子を含む多数の自労組合員がどつと室内に入り、清水課長らの前に立ちふさがり、かねての要求のとおり、代表者二五名との団体交渉に応じることを確約せよと要求した。被告人宮元も勝田町長らに挨拶した後、再び会議室に戻つて、被告人〓子らに加わつた。

清水課長は右要求に応じるか否かは二、三人の代表者と別の場所で話合うこととして、とにかくこの場を出してもらいたいと求めたが、被告人らは同課長を取り囲み、人垣で押すようにして、会議室内の南西隅附近に押しこめ、五〇人ないし六〇人が室内に入つて廊下側への出口をふさいだばかりでなく、隣にある職業訓練課に通じるドアの前にも机や椅子を重ねて封鎖し更に約一五名の組合員が昼休み中の職業訓練課の室内に入つて右ドアの前に坐りこみ、清水課長らの脱出を全く不可能にしたうえで、外に出る前にまず二五名の代表と団体交渉する約束をせよと同課長に迫つた。組合員らは、「われわれを正常化で殺す気か」、「団交を拒否するのか」、「昨日の実力行使は何なら」と口々に叫び、これに対し清水課長は、まだ昼飯もすませていないし、このような状態で交渉を要求される筋合はないから、ひとまず外に出たうえで、二、三人の代表を交渉のやり方について協議しようと主張して、何回となく道をあけるように要求したが、被告人らはこの日のうちに二五名の代表と会う約束をしてくれれば、本交渉の前にしばらく休憩してもよいが、右約束が得られないうちは外に出すわけには行かないとの主張をくり返し、約三〇分間立つたままで押し問答を重ねた末、被告人〓子と野下茂蔵(全日自労岡山県支部副委員長)の両名が、清水課長の肩を押えたり、バンドを引つぱつたりして強引に椅子に腰かけさせ、昼食をとりに行かせてくれとの同課長の要求に対し、外から食事をとつてやるから、この場で食べればよいと答えるなどして、あくまでその身柄を解放せず、前同様の要求や抗議をくり返した。

一方五階の廊下には、会議室前附近を中心にして八〇人位の組合員が坐りこみ、エレベーターの出入口や東側の階段をふさぐような状態になり、会議室入口附近では携帯マイクで演説する者もあつて、騒然たる状況であつた。

会議室に残つていた清水課長以外の職員は、被告人らにその退去を阻止されてはいなかつたが、課長を置去りにしかねて、その場に留つていたが、午後一時一五分頃失業対策係の清水益夫が便所に行くと言つて外に出、庁舎管理を担当する管財課に行つて事情を説明し、清水課長を助け出すよう要請した。

職業訓練課の室内に坐りこんでいた組合員らは、同課課長の再三の要求により、午後一時半ごろ退去した。

その後、職業安定課の職員が、会議室の五階廊下からの出入口と隣の職業訓練課からの出入口の二ヶ所から、会議室内に入ろうとしたが、中にいる組合員らがドアを押えて入れまいとし、清水課長はその様子を見て再三立ちあがりかけたが、その都度被告人〓子や野下らが、肩を押えるなどして引きとめた。

結局午後二時頃、職業訓練課の方から清水益夫ら職員六名が辛うじて会議室に入つたが、すぐまた出入口をふさがれてしまい、清水課長に近づくことも阻止された。

清水課長はその直後に被告人〓子に対し、話合いはこれて打切ると告げ、その後は黙つたまま目をとじるなどして、相手にならない態度をとつたので、組合員の中には、「物を言え」、「唖か、つんぼか」、「目をあけい。昼間から眠るのか」、「こういう状態が続くなら、課長の自宅へ行かなければならない」などと言い罵る者があり、同課長が「便所へ行かせてくれ」と求めたのに対し、「バケツを持つてきてやるから、ここでせえ」と言つた者もあつた。

この間に管財課長中村昌志は、午後二時五分頃、話合いが打切られたとの連絡を受け、二時一五分に自労組合員に対し県庁舎内からの退去命令を発し、その旨の庁内放送をさせると共に、廊下にも貼紙を出し、携帯マイクによる呼びかけもさせたが、被告人両名を含む組合幹部らは、あくまで退去要求に応じようとせず、被告人宮元は被告人〓子の指示に従い、廊下に坐りこんでいる組合員らに対し、携帯マイクで経過報告をすると共に、県が団体交渉に応じないのは不当であるから、退去命令が出ても動揺せず、自発的に退去することがないよう訴え、警察官の実力行使に対しては抵抗しないように注意した。組合員らはこれに拍手でこたえ、労働歌を歌つたり、ワツシヨイ、ワツシヨイと掛声で気勢をあげたりして、前以上に騒がしくなつた。再三の要求がきかれなかつた後、県側は警察官の出動を求める旨放送し、結局午後三時三五分頃警察官が実力で組合員を庁舎の外に連れ出し、被告人両名を逮捕するに至つた。

七、以上のように認められるのであつて、右認定に従えば、自労側の代表者二五名での団体交渉に応じよとの要求の実質的当否はしばらくおき、清水課長が右要求を最終的に拒否したということはできず、同課長は単に突然集団の力で行動の自由をうばわれた状態のもとでは、右要求をただちに承認し得ないので、一応包囲状態が解かれた後に、あらためて数人の代表者とその問題について協議したいと主張していたのであるから、被告人らがその主張に従つていたとすれば、被告人らの要求が結局容れられる可能性も全くなかつたとは言えない。もつとも本件発生の直前から県側が交渉要員の人数を一〇人以下に限定する方針を打出していたことは前記のとおりであり、清水課長も極力これに従おうとしていたことは明らかであるが、右のような県の方針自体も、当不当は一応別として、話合いを実質的に拒否するものとは言えず、自労側が県のこの方針を了承していれば、清水課長が一応当日中に話合いに応じる態度をとつたであろうことは、十分に推認できる。但し交渉がいかなる方式で行われたにせよ、当時の情勢のもとでは、両者の間にどれほどの実質的な話合いの余地があつたかは疑問であるが、少なくとも本件当日の経過に即して見る限り、清水課長が不当に実質的話合いを拒否したというのは当らない。

また仮に二五人の代表者の受入れを要求する自労側の主張に、相当の合理的根拠が認められるとしても、前記のような、いわば奇襲による包囲状態のもとでは、右要求の当否を論じる余地がないという同課長の主張は、まことに無理からぬものであつて、不当ということはできない。して見れば、被告人らがあくまで同課長を解放せず、要求の即時承認を迫つてやまない以上、同課長が話合いの打切りを宣言したのは、やむを得ない措置であり、かつ被告人らの行動は清水課長らの業務の遂行を直接に妨げていたことはもとより、庁舎内の平穏を乱し、五階内各部課の事務を少なからず妨げたことは推認に難くないから、庁舎管理責任者が被告人らに対し、岡山県庁中取締規則・同庁舎管理要綱にもとづき、庁舎外に退去すべきことを命じたのは、正当な要求であつて、被告人らがこれを無視し、更に一時間余にわたつて会議室内外を占拠し続けた行為が、不退去罪に該当することは明らかである。

八、なお弁護人の主張中には、仮に退去命令が適法正当であつたとしても、被告人らがこれに応じなかつたことにも正当な理由があり、少なくとも可罰的違法性を欠くとの主張が含まれていると解されるが、右認定のような事実関係に照らせば、被告人らの行為は、労働者の団体行動権の行使として容認されるべき範囲を明らかに逸脱し、手段方法の相当性を欠いているのみならず、被告人らの要求する交渉を実現させるために、外にとるべき方法がなかつたとも認め得ないから、その他の点について論じるまでもなく、右主張を採用することはできない。

九、結局原判決は団体行動権が正当に認められるべき要件、範囲、不当労働行為の成否等に関する法令の解釈適用を誤り、さらに被告人らの行為の正当性を左右すべき事実を誤認したもので、これらの瑕疵が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条に則り、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にもとづき、当裁判所において、ただちに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人〓子は全日本自由労働組合岡山県支部執行委員長、被告人宮元は同支部勝田分会執行委員長(いずれも昭和四三年当時)であつたところ、同年八月一日、岡山県知事が緊急失業対策法一六条の三にもとづき労働大臣の職権を行うものとして、いわゆる失業対策事業の正常化に関する通達(同年職安第三四二号)を発するや、その内容を不満とし、同年九月三日同組合員約二〇〇名と共に岡山市内山下八一の一番地岡山県庁におもむき、同日午後零時四〇分ごろ、同庁五階会議室において、同県職業安定課長清水伝雄らを取り囲み、同課長に対し右通達の内容事項に関する団体交渉を要求したが、同課長が右要求の可否については別の場所で数名の代表者とまず協議したいと述べて、即答しなかつたのを不満とし、右会議室内及びその附近廊下に集団で坐りこみ、同課長らが外に出られないようにし、騒然たる状況に至つたので、同日午後二時一五分ごろ、県庁舎管理責任者管財課長中村昌志から、ただちに庁舎外へ退去するよう要求を受けたにもかかわらず、組合員約二〇〇名と共謀のうえ、同日午後三時三五分ごろまで、前記の場所に坐りこみを続け、退去しなかつたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、いずれも刑法一三〇条後段、六〇条及び行為時においては昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の同法三条一項一号に該当するので、刑法六条、一〇条により軽い行為時の法を適用し、所定刑中懲役刑を選択して所定刑期の範囲内で被告人両名をいずれも懲役二月に処し、本件の動機その他の情状に鑑み、同法二五条一項一号を適用して、被告人両名に対し、それぞれこの裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、主文第四項掲記のとおり、いずれも被告人両名の連帯負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

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